和田金 (三重・松阪)

人生で最初の「憧れ」は「和田金」だ。言わずと知れた至福のすき焼きの店。子供の頃、伊勢で育った自分にとって、長いこと「一度は行ってみたい」と願い続けた場所だ。

建物に足を踏み入れた瞬間、そこはもう、日常とは別の時間が流れていた。重厚な構えは高級旅館を思わせ、廊下を渡るたびに鼻をくすぐる香ばしい香り。期待と緊張が、静かに混ざり合っていく。通された個室の中心には、朱色の円卓。そして美しく熾された菊炭。火が入ると、空間の温度がゆっくりと、しかし確かに上がっていく。

コースは「炙り焼」から幕を開ける。ローストビーフに似た趣ながら、噛みしめた瞬間にあふれる松阪牛の脂の甘みがすでにして豊か。

続く「肉すまし」は、生でも食べられる牛肉に熱い出汁を注ぎ、静かに火を入れていただく一品。肉そのものの旨味もさることながら、肉の滋味が深く染みた出汁の味わいに、思わず目を細める。

前菜の三種盛りは、肉のそぼろ煮、彩り豊かな野菜と肉のゼリー寄せ、そして滑らかな玉ねぎのムース。肉の濃い旨味、爽やかな清涼感、クリーミーなコクと、それぞれに表情は異なりながらも、どれも繊細で、メインへの期待をじわりと高めていく。

そしてすき焼き用の野菜が運ばれてくる。焼き印の入った麩、立派な椎茸、淡路島産の玉ねぎ。それだけで、すでに主役を張れるほど見事なご馳走だ。

冷たい鍋に牛脂と、立派な厚みの肉が二枚。砂糖、たまり醤油。焦げないように昆布だしをほんの少し。仲居さんの無駄のない、鮮やかな手捌きによって、肉にみるみる命が吹き込まれていく。

「そろそろ玉子を溶いてくださいね」という仲居さんの声に従い準備を整えていると、「はいどうぞ」とすすめてくれる。口に運べば、驚くほどのやわらかさ。脂の甘みと赤身の旨味が渾然一体となって広がり、思わず息を呑む。

そして、椎茸や麩、玉ねぎも肉の旨味を余すことなく吸い込んで、脇役と呼ぶにはあまりにもったいない存在感。〆には、肉の旨味が溶け込んだ煮汁でいただく牛丼や玉子かけご飯のために、ご飯はやや硬めに炊かれていて、それがまたよく合う。

宴の締めくくりは、最中と餡子。ピーク時ではないときは、餅を焼いてくれるそうだが、お腹が十分に満たされた身体に、この適度なサイズ感が実に心地よい。

最後は、瑞々しいメロンで爽やかに幕を閉じる。決して安くはない。けれども、ここには価格を超えた何かがある。幼い日から憧れ続けたこの場所に、ようやく辿り着いたいま。あの頃の自分に、そっと教えてあげたい。「夢は叶うよ」と。
【お店情報】
和田金 三重県松阪市中町1878番地 地図
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